桃子

1 初めにまず生い立ちから

 信州長野県生まれ、祖母+両親+姉+妹の女5人男1人の家庭で高校を卒業するまでの18年間育ち、就職のため、東京都のど真ん中の結婚式場の独身寮(W寮)で生活することになった。
 実家では、両親や姉妹がいて、彼氏を作ることもなく、同姓と楽しく生活していた。

2 出会いを求めて(約33年前)

 東京では、地方出身者(田舎もんばかり)のみの独身寮(W寮・就職後基本1年のみで次に都内西部にあるO寮に移動して生活する)で徒歩圏内に有名なプールもあって、Tシャツにショートパンツ(上下とも私の場合はピンク色)で同僚と通っていた。
 秋になると、我が独身寮にとある公務員の独身寮が主催するパーティー(独身女性を求めて開催されているらしいと後に聞いた)に参加することが毎年の恒例になっており、私が入寮した年も開催され、友達と連れだって行くことになった。(多くの先輩がたが出会って結婚しているらしい)
 九月半ばにそのパーティーが開催され、行ってみると独身と妻帯者が半々のようで、なかなか独身者に巡り会えずに、30歳代の優しい男性と会話していると、後輩らしき二十歳くらいの人が着た(後の彼氏となるH、熊本出身)。
 彼から、「職場は」と聞かれ、私は「○○(結婚式場)」と答えると彼は「W寮」と問いに「はい」と答えた。

 後私は「長野県出身のK・Kです」と自己紹介したのに、彼は酔っていたのか後に確認すると記憶に無かった。

3 初めてのデート
 
 暫く(約1ヶ月はど経過)して、独身寮の加入電話の同僚から「貴女と間違えて電話してきたけど、代わり通話して」と言われ、電話に出ると、Hからで「パーティーの写真が出来たので渡したい」ということで、「○月○日だったら休みの予定です」と言うと「新宿駅東口の交番脇で待ち合わせしよう」となった。
 パーティーのあと髪を短くしたので、不安があったけど、すぐにHと再会することが出来て、そのまま駅近くの喫茶店で話しをしたが、再会した瞬間彼が肩から一眼レフカメラを持っていて、「髪型が変わったから撮影したい」とお願いされ断ったが、無理矢理撮影されてしまった。(後日その写真をもらった、斜めに写った少し変わった写真だった。)
 パーティーではやはり飲み過ぎで私が出身と名前(フルネーム)を伝えたのに覚えていなかったのは、残念でした。
 パーティーの写真を貰い、今と違う自分を見た。(今の髪型が自分らしいと思っていた。)
 喫茶店を出て、私の独身寮まで並んで歩きながら彼が「自分好みのスタイルだけど、サイズは」と聞かれ、私は「身長155cm体重50kg B87cmのDカップ W60cm H90cm」と何も考えずに答えて、喋りすぎたかもと反省したが、彼が「可愛いい+最高」に満足の初日デートでした。
 
4 交際
 基本的に待ち合わせ場所は、新宿駅東口交番脇から新宿周辺で食事を楽しみました。
 W寮からO寮に引っ越すと、デート最後はO寮まで送ってもらうってました。
 デートも数回目からは、二人で手を繋いでいたのが、いつの間にか彼が私の肩に上に腕を載せて時々手で私の胸を触りくるようになり(彼との触れ合いがうれしかった。)門限間際にO寮まで送ってもらうと、
周り人がいないことを確認すると、抱きしめてKissするようになりました。
 一度新宿の西口公園の南側に六角形の東間屋では、彼が「出来れば放漫な胸を見せてほしい」と言われ、まあいいかと思っていると彼は、私のシャツのボタンを外して、近くにある葦のような植物の向こうに眼鏡を掛けた男性が身動きもせず、制止して覗いているのを発見し、すぐにシャツのボタンを閉じてその場所を離れました。
  
5 処女喪失

 ラブホテルには行けず、でも二人だけになれる場所?

 二人だけになる場所、を求め彼からとある場所に行かないかと誘われた。
 「レンタル・ルームというのがあって、新宿駅に近い場所に行かないか。」
 と興味もあったので、二人で行くと貸部屋で二人の時間を楽しむのには良かった。
 駅より少し離れた場所に別のレンタル・ルーム(各部屋にシャワールーム付き)に行くようになった。

 何度かレンタルルームもかようと、恋もA・B・からCに近づきついに、彼が「もう我慢できない」と無理矢理私を押し倒して、私の両手(彼の左手で)を頭の上で押さえ、右手で私のスカート中に入れ、パンストとパンティを纏めて引き下ろし、私の膝を開き自分の体を入れ(器用にズボンとパンツを脱ぎ)、「止めて!」との願いも届かず 、私の中に入ってきた。
 友達に聞く以上に痛みを感じ、喪失後彼に一言「痛かったんだから」と文句をいったが、彼を許している自分を感じた。(痛さと一部彼と一つになれたうれしさを感じた。)

 喪失時、コンドームを使用してくれなかったが、その後使用してみると、違和感のみで気持ち良くなく
次からコンドームを使用することを止めて貰いました。
 基本的に安全日以外SEXせず、安全日は生で挿入し中で生だし状態でSEXを続けました。

6 社員旅行
 職場で南九州に旅行に行くことになり、彼に聞くと初日は羽田空港から熊本空港に飛行機で行き、熊本市内(熊本城)から阿蘇(草千里)のコースを告げると、彼は「熊本市から阿蘇外輪山の中間地点で道路が90度右折し、20m程度で90度左折する場所のから最初の歩道橋の右手に彼の母校があるので注意して見てくる」ように言われ、当日本当であることに感心した。
 熊本の後は、えびの高原(彼へお土産を購入・銅銭糖と言い熊本では有名な落雁だけど、若い人へのお土産には不向きかも?)や鹿児島を満喫して、東京に戻り、後日彼にお土産持参で会い、お土産の包装紙を見るなり「どこで買った」の一言、理由はお土産の制作者は母校の先輩で「我が家(彼の実家)」に昔から(小学校時分から)着ていた人の店であり、当然包装紙をみただけで判断出来たらしく、母校の近くに店があることを聞いた。(まさかえびの高原のお土産品の制作者を知っているなんて、考えられなかった。)

7 ドライブ
 5月のとある日に、二人でドライブに行くことになった。
 車は、事前に私のO寮近くのレンタカーを予約し、当日私はお昼のお弁当を手作りし持参して、鎌倉方面に行った。
 鎌倉の大仏は太鼓橋が急勾配で滑りそうであったが、彼のサポートで見学し、江ノ島に行くと風が強くて、お弁当を食べる場所が無く、結局レンタカーの後部座席で二人仲良く食べた。
 いつも彼とのデートスタイルはスカートにパンプスだが、今日はデニム地のスカートにデッキシューズで踵のない靴がいつもと違い歩きにくい感じがあったが、彼の「今日もかわいい服装」の一言に安心した。

7 彼の移動
 公務員の彼が東京以外の場所に勤務が換わり交際も、彼が一泊の泊まりがけで私に会いに着てくれるようになり、当然ホテル宿泊となるため、夜は宿泊場所で愛し合うようになりました。
 夕食後は彼の宿泊場所に着くなり、直ぐ二人とも時間の節約のため、部屋に入るなり自分で服を全て脱ぎベットで愛し合う形になり、部屋の照明が明るい中で、自分の服を脱ぎ、ベットで全身を嘗めあい、そして彼に○○(チンポなんて言えない)を私の○○(オマンコ)に挿入してもらう、たまに彼にベットに仰向けで寝て貰い、彼の顔に毛布被せ、彼の○○(チンポ)を口に入れ嘗めてあげると彼が「うれしい」と感激
されたけど、本当はそのまま彼の上で騎乗位になったほうが良かった気がします。

 別の日に、今日は生理も近いし大丈夫と思いSEXして私の中に挿入して生出ししてすぐに違和感を感じて、正常位で射精後直ぐの彼を突き飛ばし、バスルームに駆け込むと、生理に成っていた自分を感じた。
 危ないかなとバスタオルを引いていたのでホテルのベットは無事だったが、かれはバスルームの私に「何」と血まみれのチンポをみて感激していましたが、「御免」と言いながらシャワーを浴びることしかできなかった。

 また別の日に、彼の職場の中間地点であった時は、危険日を気にしていると、彼が「ホテルに行こう」と再三言うので、SEXしないことを条件に行くことになった。
 部屋に入り、お風呂を準備し、私は髪を濡らしたくないのでバスキャップを被り二人で体を洗いあい、その後、ベットに俯せで寝ていると、私の上から彼が被さり、ふと思うと彼の○○(チンポ)が○○(オマンコ)に挿入されており。「私の中に貴方のが入っている。危ない危険日だから出して」とお願いすると、SEX
を楽しむ事無く私の中から出してくれた(射精せず)
 無理にでも射精され妊娠していれば今の私がまた違った生活をしていたかもしれない?

 今と違い、ドライブ中のシートベルト着用はうるさくなく、彼の運転するオレンジ色の車(ダイハツ・シャレード)には、後部座席のシートカバーが薄緑(パステル調で人気があったような?)の絵も柄も無い無地だったので、刺繍を依頼され馬を描いた。
 そのシャレードの助手席のシートに座り彼の股間を枕にドライブを楽しんでいた。
 今考えても、危険きわまりない危ない行為(注意しましょう!)

 一度彼の母親と姉が息子の状況確認で田舎からでてこられたので、彼が「親に会う」と聞かれ会ったが自己紹介もできずに昼食をいただいただけであった 

6 別れ
 東京都以外に移動し暇なのか。彼が「貴女の田舎に行って良いか?」と確認され返事に困り、両親に相談すると、父から「遊びに来て良い」と返事を貰い、彼に伝えたが、(ここからが大問題)1ヶ月もしないうちに、父から「(信頼できる占い師によると)彼には浮気の相があって、家庭を帰りみないから、別れなさい」と言われました。(父には彼の姓名と生年月日しか伝えてありません)
 浮気する相手も分からない状態で、浮気するといわれても、恋人同士の二人には打つ手がない!
 今になると、別れたあとに幸せになれるかどうかも不明だったので、確認すればよかった。
 浮気は彼だけの責任、浮気させた女性側に問題は無い。

 訳分からないままに、別れて30年がたち、未だに私は一度の結婚をすることもなく、独身を貫いている。
 本当は彼と交際中に、安全日と嘘をつき、挿入して膣内射精を計画してしたほうが、楽しい生活が待っていたかもしれない、早く彼と結婚して、早く子供を作りたかったのが本音です。
(両親を恨んだこともある)
 
 今暇なときに、無料の占いサイトをみて占うと、(占いというデータ処理)52歳の私に対して、来年等に結婚して子供ができる。(50歳を過ぎた女性に可能性は何パーセント)と無理な結果にびっくりです。
 
 今となっては、結婚の可能性も低く独身生活に我慢をしてゆくしかないのかもしれない。