紀元前のころの西洋では、結婚式を新婦との乱交で祝ったそうです。
パーティで、新郎の友人全員が立会人の面前で新婦とセックスをしました。
これから結婚しようとしている女性は、前もって不貞を働くことにより、結婚の純潔を手に入れるという考え方に基づいていたようです。
一人の女性が大勢の男性と性行為をすること自体は、必ずしもタブー視されていなかったのでしょう。
結婚式に限らず、お祭りなどでも乱交が行われていたようです。
    
 乱交で終わるバッカス祭りは若者たちのバカ騒ぎ
    
セックスの過激なスリルを愛したローマの人々は、年に一度のバッカス祭りでそのエネルギーを爆発させました。
もともとは古代ギリシアの「ディオニュソス祭り」から始まったものですが、暴力、興奮、セックスが展開する悪徳祭りです。
    
夜の闇が深まると、若者たちはどんな恥ずべき行為も犯罪もためらいなく行いました。
「何をしても罪にはならない」が祭りのモットーで、暴動に近い暴力行為が展開されます。
暴力によって高まった興奮を、鎮めるのがセックス。
男女が入り乱れた乱恥気騒ぎが行われました。
    
こうした儀式は次第に不見識とみなされるようになり、ローマ帝国の影響力が大きくなるとともに、規制されるようになります。
紀元前186年には、バッカス祭りは禁止されましたが、その後も中毒となった若者たちによって続けられ、取り締まりによって多数の逮捕者も出ています。
一時は7000人もの男女が、祭りに参加した罪で逮捕されたということですので、かなり大人数の乱交パーティだったようです。
    
ポンペイの街に残された壁画には、単なるいたずら書きではなく、本物のポルノが多数含まれていました。
プロの手によるエロティックなものです。
男と女がアナルセックスをしている絵、勃起したペニスを誇示する男性の絵、半身ヤギの男がメスのヤギに手淫している絵、女が騎乗位でオトコにまたがる絵。
    
女性が別の女性の胸を愛撫している様子、生々しいクンニリングスの様子、男性が別の男性にアナルセックスをされながら、女性の肛門に挿入しているアナルの3Pの様子などです。
現代的に見ても、かなりワイセツな絵画の数々が、壁画として芸術的に描かれていました。
    
 古代ローマにおける普通のセックス
    
古代ローマでは、男性のマスターベーションが認められていただけでなく、少年同士がお互いのペニスを刺激しあう相互手淫も行われていました。
奴隷たちは、仕えている主人が自分の妻とセックスをする様子を覗き見て、オナニーで処理することもしばしばありました。