幼小中高校と一緒だったA子の話。

A子はとにかく手癖の悪い子だった。
まさに「お前のものはアタシのもの、アタシのものはアタシのもの」
のジャイアニズムをポリシーとして生きており、
自分がいいな、ほしいなと思ったものはなんでも他人から奪う。
文房具でもカバンでも、リボンでも図工の時間に書いた絵でもかたっぱしから腕力で奪う。
給食も好きなもんだけ他人から奪いまくって食う。
当然のことながらA子は肥満を超えた巨体で、巨体から繰り出すパンチやキックは男性教諭すらたじろがせた。
親に苦情は山ほど行ったが、親も典型的なモンペ。
苦情を言った教師や親に逆に食ってかかり、学校に呼び出し食らっても
帰りにスリッパな他人の傘をごっそりパクって帰る豪傑ぶり。
その母親とA子は顔も巨体も性格もそっくりだった。父親は見たことないから知らん。

小学校まではクラスメイトの物品を強奪するだけで済んでいたが
中学になると万引き(というか堂々とした窃盗)にエスカレートした。
でもモンペの母親が暴れて店にいやがらせして終わり。
警察沙汰にして少年院にぶち込んでくれんかと俺らは願っていたが、なかなかそんな朗報は入ってこなかった。
ただA母子は出入り禁止になる店がやたら増えまくっただけだった。
学校も評判が落ちるのを恐れてか表ざたにしたくないようで、その弱腰をA母子に付け込まれていたようだ。

だがそんな肉弾A子にも思春期が訪れる。
A子のターゲットとなった男はなぜか二人いた。

一人はサッカー部のエースで爽やかイケメンなB男。学校一番のモテ野郎だった。ちなみに彼女なし。
もう一人はなんでか俺だった。
俺は小・中と足が速いだけの真っ黒いチビだったが、高校に入る直前から背がガンガン伸びて
気がついたら185センチにまで届き、顔はフツメンだが陸上部とバスケ部のかけもちで
どっちもレギュラーになったあたりから女子にちょっぴりモテはじめた。
いわゆるモテ期だった。
だがそんな花のモテ期に俺は肉饅頭にタゲられた。

俺には彼女はいなかったが好きな子はいた。
同じ陸上部のボーイッシュでキリっとしたスレンダー美少女のC子である。
C子は男子人気高かったがあまりにキリっとしてて近づきがたい雰囲気があり
なかなか告れる雰囲気ではなかった。だから表立ってはむしろ女子人気の方が高かった。
宝塚的な、キャーキャーって感じで女子の下級生がよく騒いでいた。

さて、手癖が悪く性格も悪いA子は高校の時点で体重は100キロ近くなっていた。
冬でもシャツが汗びっしょりでブラが透けていた。見たくねえ。
おまけに歯をめったに磨かないらしく、虫歯だらけで口をあけると真っ黒。口臭もハンパねえ。
髪もいつ洗ったんだ?ってくらい脂ぎってる。

そんなのにいきなり腕を掴まれ、体を押し付けられ、顔を寄せられ、肘に乳だかなんだかわからん脂肪を押し付けられ
「彼女になったげてもいいよ♪」
などと言われた俺はただパニックだった。
大体俺は小学生の頃A子に買ったばかりのシャーペンを奪われ、抗議したらぶん殴られ、吹っ飛んでゲロを吐き
保健室に運ばれたトラウマがあるのである。工作の時間に彫刻刀を投げられたこともある。
「チビにこんなものいらないよね〜」とわざと給食の牛乳を蹴り倒されたことも一度や二度じゃない。
なんでそんな妖怪を彼女にしたいはずがあるだろうか。

でも情けないことに俺はA子に対するトラウマが強く、
「ふざけんな!鏡見て出直せ!!」の一言がどうしても出ず、無言で逃げることしかできなかった。
A子はイケメンB男にも積極的アプローチを始めた。

俺にやったのと同じく巨体を密着させ、口臭攻撃を繰り出し、万引き品を貢ごうとした。
もちろん逃げるB男。
そしてモテ男のB男には「ファンの女子生徒」という強力な盾があった。
B男に近づくA子を、その女子生徒たちは数にものを言わせてケチョンケチョンにけなし、ぶっ潰したらしい。
取り囲まれて、ブス、ブタ、バイキン、不細工、泥棒、嫌われ者、バケモノと
さんざん罵られて、A子は生まれて初めて泣きながら敗走したという。
おそらくA子の人生初の敗北であり、初の挫折。

ほかの女子になら同情するし庇いもするが、俺はA子だけはかばう気が起きなかった。
他のみんなもそうらしかった。誰も止めなかった。

泣きながら帰ってきたA子を見て「いじめだ!」とモンペ親が学校に乗り込んできたが
小学生の頃じゃあるまいし、悪口言われて泣いただけで学校が真面目に取り合うはずもない。
おまけに義務教育の頃と違い、高校は万引きや窃盗に対し弱腰な姿勢ではなかった。
いろいろ追求され、ボロが出た母親は捨て台詞とともにこれも泣きながら敗走。
長くこの一帯に君臨してきたA母子の独裁に亀裂が入った瞬間だった。

母親が負けて帰ってきたこと、自分がリンチ同然に一方的に罵倒されまくったことは
かなりA子の自信を砕いたようだ。
B男の周囲には相変わらず親衛隊がいて近づけず、俺はといえばそんなファンの女の子はいなかったが
同じ陸上部とバスケ部のやつらが守ってくれ、
A子が近づいてくるとみるや、情報をすばやく流して逃がしてくれたりした。
その逃走タッグの過程において俺はC子と親しくなることもできて、メル友に昇格した。

A子は生まれて初めて手に入らないもの(彼氏)ができて
改めて自分に友達がいないこと、それどころか嫌われていることを自覚したらしい。
そこで反省して改心するならいいんだが、A子は開き直った。

以前はまだ横暴でもジャイアンのような明るさがあったが、A子は陰気になった。
より太り、より不潔になり、人とすれ違っただけで睨み、下を向いてブツブツブツブツ一日中誰かの
悪口を言っていた。はっきり言って病んでた。怖かった。
授業中に「どいつもこいつも!!!アーーーーー!!!!」って奇声をあげたり、
体の小さい一年生を意味なく全速力で追いかけ回したりした。
教科書が破られたり、机に「市ね」と落書きがしてあったりしてたからイジメかと思いきや
A子の自作自演だったりもした。

そんなある日、A子がついに切れた。
部活が終わって帰ろうとしたら、サッカー部の方がなんかうるさい。というか騒ぎになってる。
A子の悲鳴というか怒号と、サッカー部顧問の声と、B男も混じったサッカー部員の
怒鳴り声がする。
他の教師も駆けつけてきて、俺ら生徒は入るな!と突き飛ばされた。

あとから聞いたところによるとA子はB男にレイプされたという狂言を仕組もうとしたらしく
授業さぼってサッカー部室で裸になって待ってたらしい。
B男はエースだけあって一番熱心で、だいたいいつも部室に一番乗りするから、
B男が来たところで押さえつけてナニして、レイプされた!責任とって結婚して!とか
やるつもりだったらしい。頭がおかしい。

しかしその日B男は一番乗りは一番乗りでも、他のやつらと連れ立って入ってきた。
そこには薄暗い部室のベンチに座る、ほとんどすっぱだかの、臭気をはなつA子…。

B男ら悲鳴→B男は逃げたが逃げ遅れたやつがA子につかまる→イケメン、友を見捨てられず助けに入ろうと
→しかしほかのやつらが止める→騒ぎを聞きつけて顧問が来る→顧問も悲鳴→騒ぎが大きくなる
こんな流れだったようだ。

ちなみにそのレイプ狂言のくだりは少女漫画を参考にしたそうだ。
A子はなおもレイプを主張したが誰も信じなかった。
A子は停学になった。退学にしてほしかった。モンペはまた来たが、追い返された。
その後モンペ母は旦那に離婚してくれと言われたらしく、自分のことに手一杯で娘にはあまりかまわなくなった。

停学明け、なぜかA子は「真実の愛に目覚めた。男なんか不潔で汚い」と言ってC子に告った。
しかしC子ファンの女子生徒、かくれC子ラブの男子、そして俺にコテンコテンにされ、再度敗走。

やつは俺とC子がいい感じになりかけているのを鋭い嗅覚で気づいたらしく
俺たち二人の悪い噂(妊娠中絶とか、クスリとか、すごいのになると銀行強盗(笑)とか)を流そうとしたが
もちろん誰も信じなかった。
むしろ俺とC子は共通の被害者ってことでさらに親密になれた。

A子はその後「あんたたちのどっちでもいいからアタシと付き合え!!」と主張して
校内で殴りかかってきたので、俺がC子をかばってわざと殴られた。
そしてわざと派手に吹っ飛んでやった。このことで過去のゲロトラウマも克服できた。

殴ったことでまた問題になって、やっとA子自主退学。
離婚調停に忙しいらしいモンペ母は来なかった。
そして学校に平和が戻った。
めでたしめでたし。

ほんとはこんなに波乱万丈じゃなくて長期間だらだらやってたんだけど、
まとめたら年がら年中大騒ぎしてるみたいな話になってしまった。

C子とは付き合えました。
告ろうとチャンスをうかがってるうちに、なんか事実上つきあってるみたいな雰囲気になって
「俺たち付き合ってるよね?」って聞いたら
「え、違うの?私だけがそう思ってるんだったらショックなんだけど」
って言われた。