mako1988

私たちのエッチな体験談

私のエッチな体験・皆のエッチな体験、ネットで拾ったエッチな体験の話をいっぱい掲載

2019年12月

31 12月

中2の頃、住み込みで働いていた男にレイプされた

私は中2の頃、親の経営する工務店に住み込みで働いていた男にレイプされた。
その頃の私は小〇生と間違われるほど小柄で、体重が倍以上ある男に押し倒されたらどうしようもなかった。

この男は35歳くらいだったと思う。チビでデブでブサメン。
しかも髪がボサボサで不潔っぽい。
絶対女にモテないと思った。

父親の遠い親戚だと聞いたけど詳しいことはわからない。
誰もいない家の中でいきなり襲われ、私は男が立ち去るまでただ泣き叫んでいた。

男は体重で押さえつけて身動きできない私の唇を奪い舌を入れてきた。
少女らしく甘いファーストキスを夢見ていた私の想いは無残に打ち砕かれた。

抵抗すると腹を殴られ、一瞬気が遠くなって気づいたときは服と下着を剥ぎ取られたあとだった。
男は小さな乳房を舐め、全身を舐めまわす。私は屈辱と羞恥心でいっぱいだった。

「あの人には気をつけなさい」

男がいつから私を狙っていたのかわからないが、私にも落ち度があったと思う。
まだ幼かった私は、男に対して無防備すぎた。
母親は「あの人には気をつけなさい」と言ったが、その意味もわかっていなかった。

家にいるときはいつもノーブラ、ミニスカートにTシャツという私は、前かがみになると乳首まで丸見えになっていた。
男は私の小さな乳房を覗き見しては欲望を膨らませたのだろう。

硬いペニスが入ってきたときは体が裂けるかと思った。
いつまで続くかわからない責め苦に、このまま死んでしまいたいと思ったが、10分もたつと男は静かになりどこかへ去った。

立ち上がろうとしても立てなかった。
性器が裂けたような痛みとさらにその奥に鈍痛がある。
壁に手をついて立ち上がると右の太ももを何かが流れた。
精液だとすぐにわかった。
そしてそれが何を意味するかもわかって恐怖した。

ティッシュの箱を取って股間を拭いた。幸い出血はほとんどない。
太ももについた精液を拭って床も丁寧に拭き取る。
親に見つからないようにレイプの痕跡を消した。

シャワーを浴びるとお湯が当たるだけでヒリヒリした。その痛みは軟膏を塗るとすぐ治ったが奥の鈍痛はしばらく残った。
シャワーから出たら安全日かどうか調べなければならない。

母親の婦人雑誌を見ると、すぐにオギノ式はわかった。
計算すると安全日とわかったのでほっとしたが、それでも生理が来るまで気が気ではなかった。

この日からできるだけ男を避けるようにしたが、男は親のいない隙を狙って私との肉体関係を続けた。

最初にレイプしてから2度目までは半月以上間が開いた。
私が誰かにしゃべらないか見ていたのかもしれない。
誰にも言わないとわかるとふたたび襲われ、それからは頻繁に犯された。

男は仕事の合い間に私の部屋に来て犯すことがあった。
時間がないときはフェラチオさせた。
咥えかたのコツを仕込み、私を自分専用の性処理道具に仕立てた。

男は口に出したら必ず飲ませた。
ティッシュに吐き出して証拠を残さないためか、射精したあと口を開けさせ、飲んだことを確認して仕事に戻った。

セックスも嫌だったが、フェラチオは別の意味でつらかった。
セックスのときは家に誰もいないからまだいいが、フェラチオは仕事の合間にさせられたから、近くに親がいることも多かった。
台所に母親がいたり近くに父親がいるのにフェラチオさせられるのは悲しかった。

「お前いやらしくなったなあ」

何度も抱かれるうちにイクことを覚えた。
こんな男にイカされるのは嫌だったけど、心とは裏腹に体が反応するのはどうしようもなかった。

初めてイッたのは男に抱かれて半年ほどたった頃だった。
一度イクと抱かれるたびにイクようになった。

「お前いやらしくなったなあ」

男は私をイカせたくて、さらにしつこく抱くようになった。
嫌いな男に抱かれてイってしまう自分の体がうらめしい。

クラスメートが彼氏とキスしたとかしないとか騒いでいる中で、私だけが知らない世界に迷い込んでいた。

しばらく抱かれない日が続くと、ほっとしながらも火照る体をもてあました。
抱かれても心が満足することはなかったが、体が欲してしまうのがつらかった。

男は私を上に乗せる体位を好んだ。
私をまたがらせて腰の振り方を教えた。
2、3度やるとコツを覚え、上手だと褒められた。
こんなことでも褒められるとうれしいものだ。

男は私をまたがらせ手を伸ばして胸を揉む。

「ちょっと大きくなったな」

成長期だから少しは大きくなる。
誰も私のことなど気にしなかったから、たとえこんなことでも見てくれる人がいるのはうれしかった。

男は気まぐれに下から突き上げた。
そのたびに小さな体が翻弄される。
まだイキそうになくても、これをやられると一気に絶頂を迎えてしまう。
男は私が腰を落とした瞬間に突き上げる。
ペニスが肉襞を擦り上げるスピードが倍加して私は絶叫する。

男は騎乗位から座位に変えてフィニッシュすることが多かった。
いちばん好きな体位だと言っていた。
結合が深く奥まで届くから私も嫌いではない。
コンドームをつけていれば問題ないが、ナマだと困った。
座位では外に出すことが難しいからだ。

ナマで挿入して座位に移ると安全日かどうか必死に計算した。
危険日だったら体位を変えてもらわなければならない。
言えば男はたいてい変えてくれたが、機嫌が悪いと変えてくれないこともあった。

待ちわびたはずの終わり

たいてい社長である父親に叱られたときだ。
男は欝憤ばらしをするみたいに娘である私に中出しして当たった。
私は父親が男を叱らないようにと心の中で祈っていた。

安全日でも座位のままイクつもりだとわかると私は落ち着かない。
男は腰を押さえつけ、性器を最大限に密着させて射精する。
男の長いペニスは確実に子宮口まで届いていた。

ドク、ドク、ドクッと子宮内部に精液を注がれるのを感じて、私は震えるほどのエクスタシーを感じた。
子宮の中に射精されるのがどれほど気持ちいいか。

私はそれを知ってから、暗に座位のナマ出しを求めるようになった。
中学生の子供が、妊娠の危険と引き換えに最高の快楽を味わっていた。

妊娠しなかったのは、ただ運がよかっただけだと思う。
座位のナマ出しのあとは身も心もクタクタで勉強どころではなかった。
というより、勉強などどうでもよかった。
私は性に関しては中学生のレベルをはるかに超えていた。

しかし、私にとって男の上にまたがる体位は屈辱でもあった。男に抵抗を奪われ犯されるならまだ納得できる。
非力な私はどうしようもないからだ。

だけど、またがれば私が動くことになる。
命じられたとはいえ、自分から腰を振るのは許せなかった。
しかしイクことを覚えると事情は違った。
挿入すれば勝手に腰が動いてしまうからだ。

いつしか私は男の誘いを待つようになり、会えば自分から上に乗ることを希望した。
男の休日に学校を休んで男の部屋で過ごしたりした。
異臭のする部屋で親が帰ってくる時間まで抱かれた。

もし親がいたとしても部屋から出なければわからないし、まさか自分の娘が学校を休んで男の部屋で抱かれているとは考えもしなかったと思う。

私は少しずつ道をはずれ、人生が狂い始めていた。
すでに女子中学生の範疇を逸脱した部分もあったが、すべてこの男のせいだとわかっていても、自分ではどうにもならなかった。

いつまで続くかと思った関係はいきなり終わりを迎えた。
その日、私たちはセックスに夢中で予定より早く帰宅した母親に気づくのが遅れた。
玄関のドアが閉まる音で、男が私の上から飛びのいたが間に合わなかった。

リビングで母親が見たのは、ズボンのチャックを上げる上半身裸の男と、ミッキーのクッションで股間を隠してうづくまる全裸の娘だった。

翌日学校から帰ると男はいなかった。
あの日から今日まで、男がこの家に住み込んでいた事実などなかったかのように、父も母もいっさい口にしなかった。

31 12月

45歳の男なんですが

45歳の男なんですが、今年早々に結婚しました。

初婚です。妻は23歳。申し訳ございません。

授かってしまい、責任を取りました。

挨拶に行ってビックリ。母親Mは中学時代の後輩。なんと、初体験相手。

妻Eに好意を持ったのは、Mに似ていたからだった。

Mは結婚して苗字が変わり、引っ越ししていたので全く知らずにEに手を出した。

春入社。夏の終わりに肉体関係。直ぐに妊娠。

Eは母子家庭。当然Mは当初反対。

まぁ、結婚となりました。

当然、Eも自分とEが先輩後輩だと知り。初体験相手とは知りません。

何も知らないE。妊婦。

変に浮気されるくらいなら、独身13年の母Mに旦那をレンタルすると煽る。

温泉旅行に行った夜。

嫁公認で、Mと交わりました。

GWからは、Mも同居。

今はまだEが妊娠中だからいいけど、公認の分、二人のお相手をしないといけないので体力的に問題ありかも。

それにMには色々弱みもあり、立場が弱い。

二人の奴隷になりそう。

既に結構苛められてます(笑)

先日、オナニーショーはさせられました。

母子家庭だったので、EとMは仲良し親子。それだけに、自分の意見はほぼ通りません。

今、我が家では自分に保険金を掛け、家を建てる計画進行中。

Eの強い希望で、一軒家を借りMも同居。

自分とEの部屋は2階、Mの部屋は1階。

でも、週3くらいは自分たちの部屋で3人一緒に寝ます。

最近はお風呂の後、Mもタオル一枚でリビングをウロウロ。

それどころか、3人で一緒にお風呂に入ります。

温泉でのSEXが、Mは13年ぶりのSEX。物凄く乱れました。

最初に娘に観られたSEXが激しかったので、もう恥じらいはありません。

また、Eはエロにはウブな子なのでMの大胆なSEXが大人のSEXだと思い込んでいます。

Mが自分と交わり、乱れる事も女性ホルモンが出て良い事を喜んでいるE。

11年間、Mが一人でEを育てたわけで、その間は女を捨ていたM。その反動で、ここ最近は発情中。

自分とMが交わるのを騒ぎながら見ている、そろそろ出産が近付いているE。

Mの乳首を吸ったり、最近は親子で濃厚なキスもする。

今はEには差し込まないけど、出産後はEとMに交互に差し込もうと思う。

問題は体力。まぁ、食卓は精力が出るものばかりだけどね。

土曜日は、お昼前まで3人でゴロゴロ。

ランチに行って、アナと雪の女王を見に行った。

なんと、4回目。EとM大好き。自分は2回目でやや飽き。3回目からは完全に飽きてます。

その後、もう直ぐ生まれてくるジュニアの物の買い物。

夕飯も外食で済まし、夜は3P。

もうEは出産直前なので挿入なし。

親子なのでEはMに顔も体型も似ているけど、アソコも似ている!!

この日は、帰宅してリビングでカットフルーツを食べる時から開始。口移しから始まり。そのままシャワーへ。

シャワー後、即エッチではなく、順番にローションを使ったスキンケアー。

最近、時間がある時は3人で良くします。

もちろん、3人とも全裸なのでキスや少々のイタズラはありです。

バイブやローターが買ってあるのでEはそれでイタズラしたり。

大きくなっている胸でスリスリしてくれたり。フェラもしてくれます。

最近では、涎一杯でジラシのワザも身に付け。エロさ満点でフェラしてくれます。Mに見せつけてのフェラです。

Mも娘の前で大胆にセックス。

セックスしては休憩。深夜までそれの繰り返し。

日曜は昼前に起き、Eの妊婦体操を一緒にして、その後一日3人でダラダラと凄しました。

室内着、MはノーブラTシャツだから乳首透け。

セックスこそなしだけど、十分イチャイチャ。

まぁまぁ広いリビングにおいてあるソファだけど3人密着。

予定日より早く生まれた!!!!!!!

分かっていたけど、やっぱり娘。

出張先から戻る間に生まれてた。

破水して自分で救急車呼んだE。Mと自分に連絡。Mが病院に着いて15分後には出産。

慌てたMは膝に大きなアザ。

出張先への移動中だった自分と一緒にいた副社長は「落ち着いて帰れ」って言って、一万くれたけど新幹線代にも足りないし。

当事者の自分より興奮して、血圧が思いっきり上がった副社長(爆)

昨日夜、残りの4万円くれた!有難う御座います!

嫁と嫁母の母子丼セックスを楽しみながら子育ても頑張ります!

31 12月

以前、一度だけ雑誌企画の撮影会というものに参加したことがあります

以前、一度だけ雑誌企画の撮影会というものに参加したことがあります。

当時交際していた男性の強い要望で、断りきれませんでした。

私自身、まったく興味がなかったとはいいませんが、やはり不安の方が大きかった。

できれば、やめておきたいと思っていました。

ただ、企画の内容が行為なしの単純なH撮影会とのことだったので、わずかながら安心感があったのは事実です。

でも結果的には、それは全くの嘘でした。

私は一生忘れられない、恥ずかしい思いをすることになりました。

企画を取り仕切っていたのは、元AV関係者という派手目の中年男性でした。

当日、まずは参加者の自己紹介と挨拶があり、その後しばらく会話があったように思いますが、よくは覚えていません。

撮影が始まり、着衣姿、下着姿、そしてヌードの順で進行していきました。

進行役の男性はさすがに手馴れていて、気がつくと下着まで脱がされていて撮影されていたような印象でした。

おびただしいフラッシュが焚かれ、私はやや茫然と要求されるままにポーズをとっていました。

そのうち、いつの間にか進行役の男性がつねに私のすぐそばにいて、身体に触ってくるようになりました。

ポーズだとか表情だとか、あれこれ理由をつけながら触るのですが、二の腕やウエスト、内腿などをくすぐるように触るのです。

なにか意図があるように感じました。

やがて、進行役男性が「乳首がもう少し、ピンとなっていたほうがいいね」と言い出しました。

「そうだね」「そうかもね」と参加者たちも口々に賛同し、「そういうわけだから少し触るね」と男性は身体を寄せてきました。

「え、あの…」と私が戸惑っている間に、男性は強い力で私の身体を抱き寄せ、背後から手を回してきました。

ゆっくりと乳房を揉みつつ、指先は先端へ向かいます。

突起をリズミカルに転がされたりつまんだりされ、すぐに自分でもそれと分るほど固くなりました。

「も、もう充分です」と言いましたが、男性はやめようとしません。

それどころかベッドに上がってきた他の男性達に私は両手を掴まれ、足首を掴まれて強制的に脚を開かされました。

怖さと恥ずかしさで体がガチガチになりましたが、男性達はかまわずに私の身体の部分について、色がどうの、形がどうのと、品評のようなことを大声で言いはじめました。

気付かないうちに、ビデオ撮影が始められていました。

もう、とても逆らえない雰囲気のように感じました。

その間もずっと胸の愛撫は続いていて、私があきらめたような気持ちになって「ああ」と声を洩らすと、それを合図のように参加男性達が次々と身体に触ってきました。

あちこちをくすぐられたり悪戯され、やがて後ろから抱えられて小さい子におしっこをさせるような格好でベッドの上に据えられました。

私は耐えられず、「許して」と懇願しましたが、無視されました。

「恥ずかしいよね、お尻の穴まで見られちゃって」「濡れてるね、感じちゃってるんだね」などと、かえって言葉でいじめられ、悔しくて涙が出ました。

あげくに進行役男性言うところのクリ責め実演?がはじまり、剥き出しのクリを刺激されて、否応なしに悶絶させられました。

こんなのは快感には程遠いのですが、男性達には刺激的だったらしく、時折「お?」などと歓声があがっていました。

いつの間にかHな玩具も多数持ち出されてきて、彼らは次々とそれらを使って私の身体に悪戯しはじめました。

私は、しかしだんだんと反応してしまいました。

進行役男性は、玩具の扱いにも馴れていました。

どこにどう使えば、女の体がどうなるかをよく知っていて、「ね、ここを…すれば、ホラ」などと面白半分に責められて、私は幾度か小さなアクメに達してしまいました。

繰り返されているうちに、すっかり昇りつめる寸前まで高められるのですが、男性はそのつど手を止めます。

私が焦れて身悶える姿を見て、愉しんでいるのでした。

私が耐えられなくなり、「意地悪しないで、もうイカせて」と思わず口走ると、「イキたいの?じゃ、あとで僕等にも気持ちよくしてくれる?」と、誰かが意地悪く言いました。

私はそれがどういう意味かも考えないまま「分かりました」と、うなずいていました。

「じゃ、イカせてあげようね」と男性達は私のお尻を抱え上げ、AVでいう「まんぐりポーズ」にして押さえつけました。

これ以上ないくらい恥ずかしい格好にされて、あらためてアソコとお尻にバイブレーターが挿入され、スイッチが入れられました。

「見てごらん」と、うながされて目を開けると、自分の体に出入りする玩具と、その向こうに男性達の興奮した表情が見えました。

すでに寸前まで高まっていた私は、すぐに「ああー」と声をあげて、あっけなくイッてしまいました。

しかし一度のアクメでは離してもらえず、続けざまに何度か、そのままの姿勢でイカされました。

屈辱感と開放感のまじった未経験の刺激で、私はすっかり意志がはたらかかなくなっていきました…。

力の入らないまま、しばらくベッドの上でぐったりとしていましたが、やがて誰かに身体を起こされ、目の前に大きくなったペニスが差し出されました。

私はうながされるままに口に入れ、ふだん交際相手にするのと同じようにフェラしました。

「なかなかですね」「慣れてるね」といった聞こえよがしなセリフが聞こえ、ふとビデオで撮影されていることを思い出しました。

やがて四つん這いになるように言われ、フェラしていた男性にゆっくりバックから挿入されました。

深々と入ったペニスが子宮をぐんと圧迫したとき、身体の芯から快感がこみ上げて、私は「ああーっ」と大きな声をあげました。

そのままピストンがはじまると、もう全然何も考えられない状態になり、思いっきり声を出してあえぎました。

ベッドに突っ伏している私を誰かが支え起こして、誰か別のペニスを咥えさせられました。

その間も容赦なくピストンされているので、息が続かず吐き出しそうになりますが、そのたびに「ほら、がんばって」と声がして、私は励まされるまま躍起になってフェラを続けました。

見ると、男性達はみな裸になっていて、順番待ちのようなことになっていました。

男性が果てるときに必ず奥深くを突くので、私は耐えられずにペニスを吐き出してしまうのですが、男性達はそれがタイミングのように交代するのでした。

また新しい乾いたペニスを口にし、そしてフェラした人に挿入されるのです。

そしてピストンされて、また崩れ落ち、誰かに支えられて堪えながらフェラを続けました。

しばらく、それが続きました。

やがてフェラを求められなくなり、じっくりと味わうようなHに変りました。

入れ替わり色々な体位で挿入され、時折、カメラに向けて曝すようにポーズを付けられました。

ベッドの周りには男性達が取り巻いて、撮影したり覗き込んだりしています。

フラッシュを浴びるうちに、私は自分がひどく恥ずかしいことをしているのを思い出し、むせび泣いてしまいました。

しかし抗う気力は全然なく、ただされるがままに犯されて、快楽に流されていました。

進行役の男性は、さすがに一番上手でした。

ペニスも大きいし、愛撫も腰使いも上手でしたが、なにより女を操るのに長けていました。

愛撫と挿入をやすみなく繰り返しながら、卑猥な格好を強いたあとには、すぐさま強い快感をくれるのです。

私は、羞恥心と快感の境目をどんどん見失っていきました。

恥ずかしい思いのあとは、気持ちよくしてもらえる。

それがないと気持ちよくなれない…、だから自分から恥ずかしいことを求めてしまう。

カメラに向って、ことさらいやらしいポーズで、思いっきり顔を歪めてあえいで見せる。

そうすればきっと、もっと快感をもらえる。

見られていると分かっていても、いや…見られているからこそ、気持ちよくなれる。

そして、どんどんエスカレートする。

…そんなふうに、みごとに誘導されてしまっていました。

最後のお相手は、やはり進行役男性でした。

私から屈曲位を懇願して、ピストンしてもらいました。

繰り返し、強く深く子宮を圧迫され、私はもう何もはばかることなく「ああーっ」と声をあげて果てました。

果てたあとでお尻の方にブーンと振動を感じ、はじめてアナルバイブが挿さっているのに気付きました。

ピストンされながら、こちらも責められていたのでした。

バイブが抜かれると、お尻とお腹がしばらく痙攣したのを覚えています。

「見られながらイク気分はどう?最高だったでしょ」と私の身体を抱きしめ、男性が耳元で言いました。

「見られるって快感でしょ。恥ずかしいって最高に気持ちいいんだよ」

私はただ素直に「はい、よかったです」と、うなずいていました。

ぐったりとなった私をお神輿のようにして抱えて、記念撮影したあとにお開きとなりました。

別れ際、「よかったらまたお願いしたいね、今度はさらに楽しめるようにするから」といわれましたが、その時は、さすがにあいまいな返事しか出来ませんでした。

その後、色々と怖くなって、二度とこういったことはしていません。

写真は男性誌に掲載されました。

私の顔には目線が入っていましたが、見る人が見れば私であることが判るのではないかと思い、いまだに不安です。

それと修正前の、元の画像の行方なども気になってはいるのですが…。

ビデオ撮影に関しては、交際相手の要望だったようで、あとで強制的に見せられました。

こちらは店頭に出るものではないので、完全に無修正でした。

死ぬほど恥ずかしく屈辱的でしたが、ビデオを見ながらの行為は、やはりあの時の快感を思い出させ、私は普段より乱れてしまったようです。

そのことで彼の感情が動いたのか、仕打ちはエスカレートしました。

彼はその後、雑誌やビデオを友人達に見せたのです。

そのあげく、私は顔見知りとの乱交を強制され、さらにひどい辱めをうけるはめになりました。

結局、彼とは破局しました。

別れるとき、一応は部屋からビデオなどを取り返してきました。

コピーがあったら、どうしようもないですが…。

Archives
配信中@twitter
エッチな体験談を投稿しています。
エッチな体験内談検索
その他の体験談
アクセスランキング
スマホ・携帯でも
QRコード